Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

   “青嵐騒ぐ”
 

 

 

 
      ……さわ、という。
      その予兆を感じて頭上を見上げれば。

      空の色さえ覆い尽くして、そこには竹の天蓋が。




     ◇◇◇

 
竹は花が咲く時期に老いた葉が散るとされ、
よって、秋ではなくの春に散る。
他の樹木は冬籠もりの前に散るのに。
それでないなら日々の新陳代謝で入れ替わることで、
年中常緑で保たれているのに。
芽吹きの季節にさわさわ降り落ちる葉。
そしてそれらを振り落とす梢は、
頭上の遥か高みにて、
まだ若々しいところがうねって擦れ合い。
東から北、南から西と、風になぶられるがまま、
潮の声を真似、どよもしては騒がしく。

 “…ったく、面倒なこったよな。”

太陰暦という昔の暦だと、
立春から数えて梅雨の時期のすぐ前が“端午の節句”だ。
季節の変わり目、どうか気を緩めず、
はたまた急な夏めきなどに振り回されますまいよと、
注意を喚起する意味もあったろう季節の節目。
桜が散って、ツツジや藤と入れ替わり、
新緑が威勢よく萌え出す頃合いは。
時折とんでもない風が起き、
遅い風邪や目の病を運びもする。
そんな節目は、だが、
単に気候の移り変わりを警戒しておればいいというだけでもなくて。

 「……。」

ほんの少しの風でも躍らされ、木葉擦れの音が騒がしい竹林ではあるが、
今日のそれは、微妙ながら尋常ではない騒ぎよう。
こうまで荒らぶるは、嵐が近いかそれとも…不穏な気配への警戒か。

 『何やら妖の影が差してのことやもしれませぬな。』

や、これは年寄りの気の迷い、どうか気になさらずと、
出仕からの去り際に、そんな挨拶残して行った、
宮中に於いての一応の上役、神祗官様の一言が、
頭の中からどうにも降り払えなかった蛭魔であり。
それでと地の気脈をまさぐった末、
遁甲盤の指し示した地へ、こうしてわざわざ運んでいたりする。
狩衣の袂や裳裾が、風に遊ばれ大きく躍り、
陽の祝福を吸ってそんな色になったかと思うほど、
淡いながらも見事な金絲を思わす髪が、
顔にかかるほども もてあそばれて。
その居場所を探られたくはないか、
さもなくば、誤魔化したいのか、
怪異の匂いが確かに滲む。
ということは、
わざわざの遠出、無駄足ではなかったらしいのではあるけれど、

 “あんのタヌキ爺ィが…。”

見栄えも言動も派手な蛭魔の存在のせいで、
その役職の高さと経歴の長さの割に、
失礼ながら影の薄い観もある神祗官様ではあるけれど。
その長い長い任官中、
蛭魔が躍り込んだ例の一件を除くと、
怪異により朝廷が直接害されたことは一度もない。
かつては、まだ東宮だった今帝と、
武者修行としか思えぬ長旅にも供をした身。
それほどの信頼厚い存在だとかいう話だし、

 『別段 驚くにはあたらぬよ。』

ほれ、玄宗の妃であった楊貴妃は、
“ふぃふぃ教”という異国の教えを貴ぶ、
西の民の出だとも言われておってな。
絹の道を辿ったもっと西へ行けば、
そのような金の髮して青い目の人間も、
珍しくもないほど たんといると聞いたことがある…なんて。
きちんと道理もついて来てのこと、
日之本の民草には珍しいにも程があった蛭魔の風貌へ、
されど微塵も動じなかったお人の一人でもあって。

 “ただの文士官僚ってだけでもねぇくせに。”

実際の話、現実の職務には、
蛭魔が大層強く持ち合わせるような、
妖異への感応力やら咒力は必要とされぬ。
卜占、占星、暦学に方位学に数学と、
学問的な知識さえあれば とどこおりない官職であり。

 だっていうのに…そのご老体

耄碌したよに見せかけて、
まんまと蛭魔をのせてのこと、
大きに踊らせ、しっかと働かせることが多々あったりする。
蛭魔の側からも、
のっけは小馬鹿にしていたものが、
このごろではそんな挑発や引っかけに、
判っていつつも乗ってやってることが多々あって。
そして、それさえもあの老爺にはお見通しなのだろなと、
かわいい御仁じゃ、ほっほっほ…っなどと、
自慢の孫扱いされているのやも知れぬと思うと、
そこがちぃと腹立たしいがという順番になっているというところ。

 ……素直じゃないところだけ、健在です、はい。
(苦笑)

 “うっせぇよっ。”

はいはい、それはともかく。
その上役様に乗せられてとは言え、
確かに嗅ぎ取れたは不穏な気配。
強い風に乗せ、疫病や災禍を撒き巻散らかす疫神が、
虎視眈々と都を狙っている気配。
鼻持ちならぬ貴族はどうでもいいが、
気の合う友や家人らが、
怖い想いをするのは本意ではないから、

 「…しょうがねぇな。」

竹の葉降らす無情の風に、錦の袂をたなびかせ。
ざん・ざわわ…と、そのどよもしが少しずつ高まる竹林のただ中、
すっとまぶたを白い頬の縁へと伏せると、

 「…………。」

間近に寄っても聞き取れるかどうかという、
それはそれは微かな声にて、
伏魔破邪の咒を唱え始める陰陽師殿であり。

 「…、………。」

淡にして怜悧、鋭にして豪。
たといその鋭い双眸が伏せられても、
無防備に見せて、彼から発する気の濃さ強さは、
尋常なそれにはあらず。
九字とそれから、もっと高次の印を、
その白い手で次々に宙へと刻んでは。
そんな彼をば薙ぎ倒そうと、
次々に襲い掛かる突風斬り裂き、

 「…っ!」

刮目した視線だけにて、
得体の知れぬ邪を相手に、挑みかかる覇気の強さよ。

 そして、そして

今や真っ向からの突風が、
足元の下生えから 老いた竹の葉吹き上げ吹き散らし、
とんだ荒れようになりかかっている惨状の中、

 「いい加減、出て来な。こんの糞トカゲ。」

視線は真っ向から襲い来る嵐へ向けたままながら、
向背へもその意識を向ける蛭魔であり。

 《 なんだ、気がついていたか。》

もんどり打つように躍る衣紋の様も忠実に、
彼の足元へと落ちていた影の中から、
張りのある男の声がして。
そこへと周囲から、竹葉の影がふつふつと集まって来る。
するするりと編まれ紡がれた影は次第に、
結構な大きさの形を練り上げ。
それが蛭魔の背後で、
彼より大きな上背の人形(ひとがた)になったかと思いきや、

 「…っ。」

そちらへも襲い来た風を、
だが、余裕でいなすと くるりとその周囲へと撒いて見せ。
そうした中から滲み出した色彩が、
ただの影を屈強な男の姿へと塗り替える。
濃い色の狩衣に、薄くくすんだ灰色の、細く絞った胞袴姿。
癖のない黒髪を風に遊ばせ、
精悍な面差しには、
きっと自分を見あらわした陰陽師へ向けてだろう苦笑を浮かべた、
蜥蜴一門の総帥殿が。
振り向きもしない白皙の術師の、その背中を守るよに、
雄々しい双腕を、ゆるく開いて広げており。
さながら、通り抜けられぬことで風が入って来なくなる、広い壁か衝立の位置取り。

 「ようも気づいたな。」
 「ば〜か。自分の式神、気づかんでどうすんだよ。」

姿を現す前からも、無害な風は見過ごしながらも、
妖気を含んだ風だけは、弾いていたらしい彼でもあって。
呼んだ覚えもないのにと、
その気配に、
見えないからこそのくすぐったさを覚えていた蛭魔としては。

 「淨めの咒を唱えようってんじゃあないんだ。攻性の陣を張る。」
 「おうさ。」

だから手伝えとまで言う必要はないし、言われる手間も要らない同士。
そちらも、そちらは頼もしいまでに大ぶりの手を宙へと掲げ。
ともすりゃお仲間、だが、自分の領域と主人を侵そうという不埒な邪妖へ、
封じと滅殺の咒を唱え始める。





「………行くぞっ。」
「おうさ。」





  〜Fine〜 09.05.29.


  *竹の葉が散るのは 秋じゃなくて春と教えてくれたのは、
   確かこの本だったはずだと、
   久し振りに『綿の国星』を読み返して不覚にも泣いてしまいました。
   あああ、年を取ると涙腺が緩くなりますね。
   皆様もどうかご用心。

  *それはともかく。
   扱えばネタバレ必至となろう方向から、
   久々のご登場をなした総帥様へ、
   あああ、何か書きたいと思いながらも、
   私程度の芸無しでは
   もっと稚拙なネタばらしをするだけなのだろということで。
   いつもの二人で、ちょこっと触れさせていただきました。
   で……蛭魔さんは当然判ってたんですよね?
(うふふvv)

めーるふぉーむvv op.jpg

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素材をお借りしました ikoi サマヘ

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